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[分享] 《明日的娜嘉》dvd-box访谈

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发表于 2018-11-20 21:47 | 显示全部楼层 |阅读模式
本帖最后由 hrhrhrk 于 2018-11-20 23:40 编辑

没想到娜嘉在这里这么有人气
这篇访谈从企划谈起,内容非常丰富。叙旧注水也不少
全文共两万六千字,日文手打,翻译请自理。
正文:
関弘美(プロデューサー)×金春智子(シリーズ構成)×五十嵐卓哉(シリーズディレクター)
みんなが「これだ!」と思った中澤一登氏のデザイン
――「ナージャ」の企画の経緯をお聞かせください
関:そもそも私が、26~27歳の頃に書いた「明日のナージャ」というオリジナル作品の企画書(以下、昔の企画書)が元になってます。ただ、その当時は私はいわゆるアルバイトでしたし、オリジナル作品ということもあって、すぐに実行できるものでもなかったんです。このすぐ後に「レディレディ!!」でアシスタントプロデューサーになって金春さんとご一緒したんですが、「レディレディ!!」の企画書も私が書いていました。というのも、原作を読んでみて「あ、「ナージャ」と似たようなことができそうだ」と思ったからなんですよ。
金春:「レディレディ!!」の前に書かれた企画書だったんですね。
関:実はそうなの。その頃書いた「ナージャ」の企画書は、ずっと机の引き出しの奥で眠っていた状態だったんです。
――その時から、ヒロインの名前やタイトルも同じだったんですね
関:そうです。「ナージャ」という名前になぜ私が思い入れがあるかというと、フランス文学のアンドレ・ブルトンというシュルレアリスムの作家の作品に「ナジャ」というのがあって、新しい時代を生きる女性の名前がその「ナジャ」なんです。私は学生時代にその本を読んで「未来というか、この先々を予感させるような良い名前の良い主人公だなぁ」と思っていたので、それが頭の中にあって、ちょっと読み方を変えて「ナージャ」にしたんですね。
――その作品を「おジャ魔女どれみ」シリーズの後に持ってきた理由というのは?
関:本当のことをいえば、どちらが先でも良かったんです。ただ「どれみ」の前は15年間、東映アニメはオリジナル作品を作ってきていなかったので、失敗したら次がなんです。ですから確実に成功する作品ということで「どれみ」が先だったんです。「どれみ」は4年も続いて大成功して、シリーズを終えることになった時、私はこの企画書ともう一つ、今の「プリキュア」に近い変身ヒロインものの企画書を玩具会社さんにプレゼンしたんです。そうしたら、「関さんがやりたいのは、こっちですよのね」といって「明日のナージャ」を選んでくださいました。逆に言えば、「どれみ」をはじめる前の私はには、「ナージャ」をやるという気持ちはなかったですね。
――金春さんと五十嵐さんにオファーされたりゆうというのは?
関:少女ものの観点で行くと、私は五十嵐さんには絶大な信頼を寄せていましたので、「どれみ」から引き続いてお願いしたいと思ってました。金春さんにお願いしたのは、やっぱり「レディレディ!!」でご一緒していたからだと思います。お願いするにあたって一度、お会いして企画書を見てもらいましたよね?
金春:そうでした。突然ご連絡頂いて。関さんには「レディレディ!!」ですごくお世話になったので、懐かしくもあって、嬉しくて……。私が脚本家として初めてお仕事したのも東映アニメだったんです。それで久しぶりにお声をかけて頂いて、すごくやり甲斐のある作品という感じもしましたし、ご一緒した「レディレディ!!」とも共通した要素もあるということで、これはぜひやりたいなぁ!と思いました。
五十嵐:僕がお話を頂いたのは「どれみ」の4年目の途中だった気がします。毎年、次の企画が動いて現場が立ち上がるのが8月くらいでしたから。それと。「おジャ魔女どれみドッカ~ン!」の最終回と「明日のナージャ」の第一話は連続放映でしたので、“実質作業的に出来るのか?”という不安はありました。シリーズディレクターが1話をやるのは基本でしたし、4年続いた「どれみ」の最終回を僕がやらないという選択肢も、やはりなくて……。
関:それはあり得ないですよ。
五十嵐:「どれみ」は4年間スタッフと作り挙げてきた経緯もありましたし、何より自分が並行して2つのことを動かせる能力がないということは自分自身がよく分っていましたから……。その時も「無理かもしれません」的なお話を関さんにさせて頂いたのを覚えています。それでもやってみようと思ったのは、プロデューサーが関さんだった……というのがやっぱり大きいと思いますよ。ずっと助けてもらってましたし一緒ならやれるか……と。
関:OPやEDの演出を細田守さん、バンクは各話の演出さんに振ったのも、そうした理由だったんですよね。
五十嵐:はい。みなさんきちんとやって下さいました。そこは「どれみ」からのスタッフがほとんどそのままスライドしてたので、信頼関係も出来ていましたから、こちらもやりやすかったというのもあります。
――中澤一登さんはオーディションだったんですか?
関:そうです。決めた理由は、やっぱり主役のナージャがかわいかったからですね。
金春:絵柄がすごく新鮮でしたし。
五十嵐:それと中澤さんに決まった経緯って、面白いんですよ。実は〆切ですという日にはまだ中澤っさんの画稿は届いていなくて、確かキャラデザインの決定についての会議をしている最中に届いたんですよね。
金春:私もそれ、覚えてます!
関:そう。「中澤さんの画稿は来なかったんだ」っていう感じで私達が会議を始めた最中に届いたんですよ。だから、一応〆切当日ではあるんですけれど(笑)。
五十嵐:それで届いた絵がすごく良かったんです。。
金春:他の方が描かれたデザインもみんなかわいかったですけど、中澤さんのはみんなが「わぁ!」っていうくらいの個性がありましたよね。
関:ダントツで「あ、これだ!」ってなる感じ。あの画稿を見た瞬間、会議の場の空気が変わった感じがありました。
五十嵐:なんというか、一番キャラクターに華があった。そういうのがパッと見て感じられたんですね。その画稿はナージャか描かれていなかったんですが、そこから他のキャラクターも想像できる余地があるデザインだったんです。だから(作品も)そこから始まったというか……。もちろん、オーディションに参加されていた他の方々も、みなさん実力もあってどれも魅力的だったのですが。
関:本当に、今をときめくキャラデザインナーさん達が5名くらい参加していて、誰に決まっても不思議じゃなかったです。だけど、その中でも断然かわいかったんですよ。
――タイトルは昔の企画書と同じ「明日のナージャ」ですが、これはすんなり決まった感じだったのですか?
関:もう一つ「ナージャでなくっちゃ!」というのも候補にあったんです。
金春:他にもいっぱい考えましたよね。その中で、この二つが残ってたみたいな感じで。
五十嵐:やっぱり関さんが言われてた「新しい「明日」を生きる女の子」であるという部分が、一番大きいんだと思います。
関:それと「明日の」が頭についてるのが、商標的には良いらしいんです。タイトルを決める時には商標登録について特許事務所に調査もしてもらうんですけど、その報告書によれば「「明日の」が「ナージャ」を装飾する関係になっているため、単なる「ナージャ」の商標とは異なるものとなる」らしんです。強調されるのは「明日」なんですって。類例としてあげられていたのが「あしたのジョー」でした。
金春:それで思い出しましたけど、タイトルを「明日の」にするか「あしたの」にするかを話しましたよね?
関:でもひらがな表記にすると、やっぱり……。
金春:似た感じになっちゃうからっていうので、原典となった関さんの企画書のタイトルに戻ったんですよ(笑)。
関:そうでした!(笑)若い頃は当然企画書を書くだけだったから、商標のこととか全然気にしないで書いてるわけです。ですから、「あれ?でもそのままつかえて嬉しいな!」ってちょっと思いましたね。
貴種流離譚とイケメン・ワールドカップがコンセプト
――シリーズの重要な骨子の、母親捜しは昔の企画書の段階からそうなっていますね
金春:そこは最初から決まってましたよね。
関:ええ。でも厳密に言うと、母親を捜すことが重要ではなんですよ。ギリシア神話に貴種流離譚といわれる形がありますよね。王族として生まれた子供が、何らかの予言によって不吉とされて殺されることになるのだけど、かわいそうに思った乳母が小舟にのせて川に流して死んだことにする。すると川下の市井の人に救われて育てられた子供が、成長して経験も積んで王国に戻ってくるというお話。ギリシア神話は王様と息子という関係で、大抵悲劇で終わるんですけど、その女の子版として考えていました。だからお母さんを捜すのも大事なんですけど、最初ナージャは自分を孤児だと思っていて、親の無い状態で育つ。その子が色々な人と出会って旅をし、そうした経験を経て親元へ戻ってくる。だけど、それから彼女が何をするのか?が大事なんですよ。それは昔の企画書にも書いてあるので、そこは変わってないようですね。だから「自分の出生が分かりました。お母さんに会えました、めでたしめでたし」じゃなくて、その先の生き方こそが重要なんだということです。
――実際に最終回は、ようやくナージャとコレットが親子として会うことが出来るものの、ラストはナージャが母親に「行ってきます」と挨拶して新たに旅立つ形ですよね。
関:本当は、昔の企画書だと3年くらいのシリーズを考えていたんですよ。1年目が孤児院での友達との関係をしっかり描いて、2年目が旅芸人の一座に入って母親捜しの旅に出て、3年目はパリに行って、そこでバラバラになっていた孤児院の友達を呼び寄せて何かを始める。そう書いてあるの。
金春・五十嵐:ほう!(感嘆)
関:自分一人が幸せになるのはよろしくないとナージャは思っていて、貴族の生活にも退屈してるの。
五十嵐:関さんぽいですよね(笑)。
関:それで一緒に旅してきた一座が、ここを去るのでお別れの挨拶に来たら一緒についていく!って言って、また旅立ってくの。それでパリに向かうってなってるのよ(笑)。だから3年くらいかけて、私はやるつもりだったんだと思って。
――ちょっど昔の企画書でいうところの2年目に相当する部分を中心に、シリーズ構成が組まれている感じですね
関:そこは孤児院というところに問題があったんです。昔、企画書を書いていた頃と違って、企画が動き出すことになった2002年では出版等の世界で「孤児院」が使ってはいけない言葉になっていたんです。私は抵抗無く書いていたんですけど、「児童養護施設」とか別の言葉に変えないといけないといわれていて。孤児院時代の話や生活をあまり強調するわけにはいかない感じだったんです。「小公女」のような古典の世界ならば問題ないけれど、21世紀に新たに立ち上げる作品では(時代設定とは関係なく)その言葉を使うことが出来なかったんです。今思うと、孤児院時代のナージャ達の生活をしっかり描かなかったのは、ちょっと反省ですね。
――それで、「たのしい幼稚園」などでは「アップルフィールドこどものいえ」と表記されていたんですね
関:そうなんです。構談社さんの方では、「申し訳ないですが、「孤児院」という言葉は使えないので、そこだけはご了承下さい」と言われてました。
――他の名前は、どういう感じで決めていかれたのですか?
関:コレットやプレミンジャー公爵はそのまま昔の企画書から持ってきてますね。フランシスは、フランソワという名前になってました。キャラの立ち位置とかも含めてその辺は変わってないです。旅芸人の一座の名前は仮の名前ですから全然違ってますけど。
金春:ABCの西澤萌黄さんやAKDの高橋知子さん達と、みんなでワイワイ言いながら考えましたよね。「アップルフィールド」という名前を考えたのは私でした。ナージャにはちょっとかわいくてイギリスっぽい名字が良いなと思って。イギリスのエリナー・ファージョンというという作家の「リンゴ畑のマーティン・ピピン」という作品があって、それはアップルフィールド(原題でのリンゴ畑に相当する)なんですが、それとビートルズの「ストロベリー・フィールド・フォーエバー」を混ぜた感じでアップルフィールドにした記憶があります。あと、T.J.とハービーも私がつけました。知り合いの日系アメリカ人父子の名前をそのまんま拝借してます(笑)。本当に関さんを中心に、みんなでアイデアを出し合いましたよね。
関:フェルナンド・ゴンザレスやホセ・ロドリゲスみたいなスペイン系の名前とか、ラファエルという吟遊詩人の名前とか、色々考えましたよね。
金春:キャラクターの設定をしている頃が、ちょうど日本でワールドカップが開催されてたので、サッカー選手からももじったりしてるんですよね(笑)。それでキーワードが「イケメン・ワールドカップ」だったんですよ。言って良いかどうか分からないんですけど(笑)。
――それは、企画書にも堂々と書かれてます(笑)
関:私も言ってましたけど、高橋さんもイケメンが大好きで、「「ナージャ」は、カッコいい青年がいっぱい出てくるから「イケメン・ワールドカップ」だよね」って、言いながら会議してたの(笑)。
五十嵐:考えてみると、メインどころは女性のスタッフ率が高かったんですよね。男は僕ぐらいですよ。それこそ、放送局、代理店のプロデューサーも女性でしたから。
金春:プロデューサーのみなさんは、どこか革新的な感じの人ぞろいで(笑)。
関:よその会社の男性から「放送局、代理店、制作元のプロデューサーが3人とも女性というのは、すくなくとも僕は聴いたことがない」っていわれたことありますよ。その時は「へぇ~、そうなんだ~」くらいに聞いてましたけど(笑)。
五十嵐:僕も、その後はそういう経験はないです。
――すると、ナージャが旅する先々でイケメンと知り合うというコンセプトも割と最初からあったんですね
関:そこは「プロデューサー」と名のつく女3人は、「そのイケメン、いいね!」みたいな感じで決めてましたから(笑)。
金春:その辺のキャラクターを先に色々と決めましたもんね。
関:そうそう!「うごく仕事が楽しくなる気がする」とか言いながら(笑)。
金春:キャラクター先行で(旅する場所やそこでの話も)きめていったきがします。
関:「スペインに行ったら、ホセじゃない?」って(笑)。
五十嵐:そんな感じでした(笑)。
関:そういう話を聞きながら、五十嵐さんは呆れてましたよね。というか、口を挟んじゃいけないんじゃないか?みたいな感じで(笑)。それで五十嵐さんが、申し訳なさそうに手を挙げて「それは良いんですかね~」みたいな(一同・笑)。
五十嵐:話しているうちに、色々と思い出してきますね(笑)。
関:(笑)。でも「色々な国を旅して回る」というのがそもそも先にあって、そこでナージャが訪れた先の民族衣装を着て、その国にちなんだダンスをするだとかが、旅芸人一座としての彼女のやることとして決まっていたんですよ。それに加て、旅先で色々な人と出会うというのがあたんですね。そこに歴史上の人物とかも入れられればとも思っていたんですけど、そういう有名人ばっかり登場させちゃうと、現実離れしちゃうとか史実の整合性の問題とかが出てきてしまいますから。そこで「スペインを舞台にするなら、こういう男の人がいると、話に弾みがつきそうだ」という感じで考えていったんですよ。
金春:それで(キャラ性おかが)被らないようにって。そして出会った男性がみんなナージャを好きになる……なんだか、今の乙女ゲームの先駆けみたいな感じですよね(笑)。
――ナージャは革新的な女の子なので、出会う貴族の青年達からすると、閉塞感を感じさせないようなところに惹かれるみたいな感じもします
関:確かに、貴族とか裕福な男性もいろんだけども、闘牛士や学者みたいな人とかもいるので、そこに偏らせたつもりはないんですよ。それよりも、普通なら一つの場所に定住するじゃないですか。だけど旅芸人だから各国を旅して回るので、そういうこと自体の自由さ……今ほど気楽に旅が出来る時代じゃないし、そうした時代背景を活かしたような感じです。面白いもので、一箇所に住んでる人は旅をして暮らしている人に憧れるんです。「私はこの街しか知らないけれど、この人はたくさんの国々を見てるんだ」と憧れますよね。それとしがらみから解き放たれている感じとか。
ナージャが、木登りが得意という意味合い
――1話はナージャの木登りのシーンから入りますけど、その後の話数で木登りするのは13話のフランシスと、35話でのコレットのシーンぐらいで、すごく狙っている感じもするのですが
金春:そういうわけではなくて。とにかく広い世界へナージャがゆく話だったので、1話冒頭に彼女が行動的な子であることと、(象徴的に)高いところから遠くを見せたいということで木登りのシーンを入れたんですよ。だから、もしかするとその後で意識的にリフレインさせたかもしれないですけど、1話を書いている時点では、全然そういう風にしようとは考えてなかったです。
五十嵐:どちらかといえば、作中にある“高いところに登”という行為は“見晴らしが良くなる”という象徴で、自分のいる場所から自分自身の力で登と今まで見ていた世界とは違う世界が見えてくる……ということです。一段登る度に登ること自体は大変になっていくけど、それでも諦めずに登れば今まで見ることが出来なかった新しい世界が見える……そういう表現だと思います。傷つきながらも登ることを諦めず、出会う人達とコミュニケーションをとり続けることによって、ナージャ自身の世界が広がる……。だから関さんの言っていた“次世代を担う女の子”を描きたいというのが、真ん中の太い樹としてあって、僕はそこに“子供が色々な人経験をして大人になる”ためのステップみたいなことを付加出来るといいなと思っていました。最終回で母親に再会する旅ですが、そこがゴールではなくてナージャが次のステップ、大人になるためのスタートラインに立つというか……。僕にとっては、新たな物語のスタートラインに立つ物語だと良いなと思いました。当時女性が今よりも自由に生きられなかった時代に、それでも閉塞した環境から打って出る。誰のためでもなくて自分のために“その先”を生きる。そんなところにこの物語の「明日」が掛かっていると思うんです。
――今話に出た「見晴らしが良くなる」というのと、ちょっどハーコート兄弟の母親とどこか対比的ですね。キースが26話で「万華鏡越しにしか世界を覗けなかった」と、否定的なニュアンスで言うのも含めて。
関:それはそうですね。万華鏡は多くの作品で、色々なメタファーとして使われていると思うんですけど、たぷんこういう形の小道具として初めて用いたのは「ナージャ」だと思うんですよ。当時の西洋で発明された工業製品などについても、いっぱい調べて資料を作ったんです。その中にはミシンや自動車や飛行機とかもあって。万華鏡も、玩具との連動というのもありますけど、あの時代のヨーロッパの貴族の間で広まっていた趣味的な品の一つだったんです。貴族の人達がのぞき込んで、それを通して変化する風景を見て愉しむ物だたんです。そういう時代の空気感を出す道具の一つでもあるんです。それと、筒の中の世界という“閉じられた空間の中の楽しみ方”を象徴するような気がしていましたので。
――ナージャが着ている孤児院服(エプロンドレス)というのは、玩具会社さんからの提案デザインにある程度沿っていたのですか?
五十嵐:本来デザインは、玩具会社さんから「こういう案がいくつかあるんですが、どれがいいですか」とか、逆にアニメサイドから「このパンツはこう変えたいんですが」とかの話し合いがあって決まっていくんですけど、この時は確か中澤さんが描いてきたデザインそのままだったと思いますね。リボンについているブローチとかは玩具優先でデザインされてるはずですけど、それ以外のものについては、全部中澤さんが作ったものだったと思います。
関:私もそうだった記憶がありますね。もちろん中澤さんは、古い企画書や実際の番組企画書だとか、孤児院から物語が始まることなどを踏まえて描いて下さっているので、孤児院の制服として作ってくれたんだと思います。帽子はラフの段階で、いくつかバリエーションを考えて下さってたんですけど、カンカン帽もその段階からありました。ナージャのドレス(お母さんのドレス)やチュチュドレスも、中澤さんがラフで描いてくれたものがあるんですよ。「チュチュを着てステージで踊る」という発注もしてますから。ただ実際は玩具の兼ね合いや作画しやすいようにデザインが変わっているんですけど。フランシスや黒バラも、だいだい中澤さんのデザインそのままだと思います。
五十嵐:ほぼ初稿の段階で諸々雰囲気は決め込んでもらってたと思います。
苦労に苦労を重ねたヨーロッパの資料集め
――先ほど言われた、各国を巡り民族衣装に合わせたダンスをするというコンセプトは?
関:やっぱり歌舞音曲ですね。子供が観るものには、歌と踊りは絶対に必要だと私は考えているので。そこは「どれみ」から始まって今の「プリキュア」でもずっと変わってないと思います。
――特にシリーズ前半は1ヶ月ごとくらいに国が変わって、その度に衣装とダンスが新規で登場するという、かなり攻めた形ですね
関:実はそこには、痛い思い出があるんです。現場としてもそのための資料集めをするのが大変だったと思うんですけど、それとは別に、番組がスタートする直前の02年の年末から03年1月にかけて、香港で鳥インフルエンザ(SARS)が猛威を振るってて、玩具会社の現地の工場が軒並み操業停止になってしまったんです。日本からも、担当者の渡航が社命で禁止になったりしました。
金春:そういうことがあったんですね。
関:ですから、本当なら番組の進行と連動して発売されるべき衣装(キャラリートキッズ)が、色々と出せなくなってしまったり遅れたりしたんですよ。
――それでも、エプロンドレス、チュチュドレスが5月、お母さんのドレスが6月くらいには出揃って、夏場にフラメンコドレスとかなりのペースで出ていました
関:でも、5月6月頃のイタリアンラッグ衣装とか、チロリアンドレスは出てないですよね。本当はそれも出す予定で動いてたんです。それとチュチュドレスやお母さんのドレスも、番組スタートの段階でエプロンドレスとだいたい揃って発売のはずだったんですよ。でも、その時期がずれてしまったんです。実はそれは商業的な面で、番組の寿命にも関わる大きな問題でした。
――それでも、「ナージャ」はあの枠の作品の中では突出してキャラリートが発売されていました
関:キャラリートがすごく売れる時代になっていたんです。「どれみ」も「#」くらいからシリーズの中盤で衣装が切り替わるようになったのは、それを受けた形でもあったんですね。
金春:なりきりグッズっていうやつですよね。
五十嵐:子供たちがTVを見て、玩具屋さんにいくと主人公が使ってたり着ているものが実際にあるっていう流れが、ちゃんとあるんですけど、それは実はなかなか出来ないことなんです。そこの連動性については、ちょっと他ではなかなかマネ出来ないと思いますね。
関:玩具の発売と劇中での登場のタイミングのさせ方については、東映アニメと「戦隊」「仮面ライダー」をやっている東映チームのプロデューサーにとっては、マストでクリアしなければいけないハードルなんですよ。
五十嵐:そういうことを出来るシステムは、逆にいえば東映さんにしかなんです。長年の積み重ねと会社間の信頼の高さと思います。それにしても「ナージャ」は、キャラクターも多かったですし服装替えもいっぱいあったので、大変だったという印象がすごく残ってます。他は思い出せないくらい(一同・笑)。
関:そこだけ覚えてるのね(笑)。あとやっぱり色々な国を回ってるから、資料探しがね……。
五十嵐:同時は、今みたいにインターネットが発達してない時代ですから資料集めとなると、写真しかなんです。それで図書館とかに行って資料となる写真を集めてくるの大変でした。スペインみたいな国は文化財が多いので、当時もたくさん写真があって充実してるんですけど、観光地的じゃない場所が舞台になると、資料が乏しくて限定された写真のアングルから想像して描くしかなくて。それも大変だった記憶があります。美術さんはさらに大変だった思いますが。
金春:脚本でも、最初は<ロンドン・裏通り>とか書いていたんですけど、途中から「具体的に特定の通りや場所を指定して下さい」といわれるようになっていたんですね。それはきっと、美術さんが場所の参考を選びやすいようにということだったと思うんですけど、でも特定しすぎると返って大変になってしまうから、「やっぱり(脚本で場所を)あまり特定しないようにしましょう」とか。ですから、脚本で<ローマ・○○広場正面の通り>みたいな風に、やたらと細かく書いてある時期がだいたいシリーズ中盤くらいで、前半と終盤はそうでもなくて大雑把に<大通り>となってる感じだと思います(笑)。それから、例えばその当時ここには一般人は入れたのかとか、今現在からは分からないことも多いんですね。ストーリー以外の設定周りで、脚本を書くのがなんだかやたらと大変でした(笑)。だから(具体的に画にする)コンテや美術のスタッフさんはもっと大変だっただろうなって思ってて。
五十嵐:ただ、ヨーロッパは比較的古い街並みがそのまま残ってることが多いので、そこは助かりましたけど。
金春:基本はだいたい一緒ですもんね。
五十嵐:当時、割と薄めの「世界の写真集」みたいな本があって、それをみんなで買いあさって、見ながらコンテを描いた記憶があります。本当に当時は色んなことを調べてましたね。
金春:もうとにかく全部が試行錯誤な感じでしたよね。
五十嵐:そうなんですよ。みんなが暗中模索で、どういう風にやるのが一番良いのかを考えながら作ってた。
関:一番良い方法論を見つけ出すのが大変だったんですよ。
五十嵐:僕、すごく小さい写真を見ながらコンテ描いてましたもん(笑)。
関:だから旅行雑誌が3冊あったとして、そのすべてにその場所が載っているということは、色々な角度からの写真が載っているはずなので、だったらこの通りは使えそうだとか。でも旅の途中の山道とかは、場所の特定のしようも無いしね。
五十嵐:あの頃の僕は「ナージャ」のような時代物の作品をやるのが初めてだったので、ある程度は忠実に再現しないとダメなんじゃないかと、無謀なことを考えていました。今の自分なら“演出的に重要なところ以外ははしょっても問題ない”くらいの割り切りは出来ますが、当時はね……ほら、マジメでしたから(笑)。でもその部分は、スタッフのみんなが助けてくれました。優秀な人達が多かったので……。当時はみんなでずいぶんと話し合った記憶があります。
関:美術デザインのゆきゆきえさんは「リアルな美術にしてしまうと、参考にしている写真を模写する方向になってしまうので、それは避けたいから」というので、独特の描き方になってるんですよね。リアルすぎず、絵画のタッチを残しつつみたいな。それでも、リアルに攻め過ぎちゃう時もあったりして。そこは回によって若干のバラツキがあるのは事実です。
――特に細田さんはロケハン主義的なところもあるので、BGをリアルにする傾向がありますね
関:そうそう。それでも、本編の美術は、写真の模写とは全然違うんですよね。技術的な描き方の問題だと思うんですよ。タッチや色の使い方とかね。
五十嵐:その意味では、各々が「どういう手法がいいのか?」を考えていた気がします。資料が豊富になかったですから。
関:資料探しで思い出したけど、スタッフが行ったことのない海外を描くので、当時身近なロケハンっていって、24話25話のために新宿にあるフラメンコレストラン「エル・フラメンコ」にフラメンコを見に、スタッフ引き連れていったよね?
金春:はい、行きましたね!
五十嵐:行った、行った!懐かしい!
関:それからブルターニュ地方とかに行くとクレープを食べたりするっていうので、神楽坂にある有名なクレープ屋さんに行ったりもして。
五十嵐:ああ、そっちも食べに行った記憶あるある!(笑)いわれると思い出しますね!
金春:そっちは私は参加してない!
関:金春さんはフラメンコだけだったんですよね。クレープの方は、確か岡佳広さんの演出回で、岡さんや演出助手の座古明史くんとかと一緒に……。
金春:食べにいらしたんですね(笑)。
関:そう。担当するスタッフを引き連れて。そんな風に都内で出来るロケハンをやったんですよ(笑)。
迷いながら徐々に形にしていった、ダンスバンク演出
――ナージャのダンスは、振付師の方がクレジットされていますが、どういう形で打ち合わせなどをされていたのですか?
関:振付の方は、学校で踊りを教えていらっしゃる先生だったんですけど、打ち合わせをするというよりも、振付をお願いして踊ってもらったビデオを送ってもらったりして、それを参考にしながら演出さん、作画さんに画にしてもらうという形でした。ただ、踊りをリアルに再現しようとするとすごく大変なんですよ。だけど踊りの見せ方にはポイントがあって、リアルに画にしようと考えていた初期のものよりも、適度に省略したりカメラアングルを変えてみたりといった(演出的な)工夫をして見せたものの方が、素敵に仕上がってるんですよね。中でも私は五十嵐さんが演出したフラメンコが好きなんですよ。光と影の見せ方というか、陰影のつけ方とかカメラワークとか……。
五十嵐:24話でしたっけ?あの辺りから、なんとなくですけど僕の中で踊りのパターンが固まってきました。
――はい。フラメンコは、手の複雑な動きや足踏みのアップを抜いてそこに枚数かけて、ポージングは引きで雰囲気見せみたいなメリハリが一番良いですよね
関:そうそう!そういうのも含めて、ものすごく良かったなぁって思ってて。
――13話で初登場した五十嵐さん演出のチロリアンダンスで、ダンス演出のパターンが確立した感じがしました
五十嵐:でもこの話数の頃は、僕の中ではまだ迷いみたいなものがあって、「もうちょっと上手く出来るんじゃないかな?」って思ってたんです。そこからさらにやっていくうちに、「一番上手くいったかな?」と手応えがあったのが、関さんのおっしゃるようにフラメンコでした。
――アンブレラダンスの作監は稲上晃さんですが、演出は?
五十嵐:傘のダンスもたぶん僕だと思います。
――あのダンスは、玩具のナージャアンブレラ先行だったんですか?
関:玩具のアイデアそのものが、私の好みなジーンケリー主演のミュージカル映画「雨に唄えば」の、傘をさして踊るシーンの記憶からきています。
金春:傘のダンス、かわいかったですよね。
五十嵐:バンクもそうですが、先ほどお話しした「どれみ」最終回との二足のわらじで、前半の方は演出の方向性みたいなことをうまく決めきれず、スタッフのみんなに迷惑をかけてしまったと記憶しています。“僕だけが足並みを揃えられない”そんな申し訳なさを常に思っていました、それが“ああ、ようやく追いついた”と思ったのが13話ですね。作中でもナージャとフランシスの気持ちがぐっと近づく印象的な回でした。
関:そうだ、思い出した!13話で五十嵐さんがフランシスの話をやって、黒バラの回の26話を細田さんが演出してて、「白バラ担当の五十嵐さん、黒バラ担当の細田さん」みたいに女性3人のプロデューサーの間でいわれてたの(笑)。
金春:そうでした(笑)!
五十嵐:なんでしょね(笑)。あの当時参加してくれた演出さんは、ほとんどみなさん僕より年上で、それこそ年下は細田さんと長峯達也くんくらいで。まぁ細田さんはほとんど同年代だけど。みなさんベテランで安心してお任せ出来たし、学ぶことも多かった……。ですから一緒に仕事していて楽しかったですね。それもあって頭から足並みを揃えられなかったのが申し訳なくて……。でもその時の後悔が、今の自分を成長させてくれたのはまちがいないです。「明日のナージャ」という作品が僕に与えてくれた示唆は、今まで関わってきた作品の中でもひときわ大きい。誤解を恐れずに言えば、実はうまくいったコトって自分の中に残らないことが多い(苦笑)。
関:そうなの、残らないの(笑)。
五十嵐:これはあくまで僕の場合ですけど。うまくいった作品て、その時の失敗した些細なことは良い記憶に置き換わちゃうから(笑)。その時の失敗を大きいと思えば思うほど、それがなぜ起こったのか考えるし、二度と無いようにしようと思うんです。それを経験させてくれたこの作品は、僕にとっては大きい存在ですね。
関:私も色々反省しましたよ。古い企画書を久々に読み返しながら「27年前の自分の方が優秀だった!」って、愕然としましたから。
金春:その“追いつけない”というところは、あの当時の私にもありました。東映アニメの脚本の作り方って、他社さんとはかなり違って独特なんですね。東映アニメでのお仕事が久々だったのと、周りが、関さんや五十嵐さん、西澤さん、高橋さん……それに演出や脚本チームの人たちも、みなさん「どれみ」から引き続きの方だったので、共通言語みたいなものも出来てたんですよ。ですから馴染むのに少し時間がかかった気がして……。後から思えば、もっと甘えれば良かったのかな?とか(笑)。それで、それは「ナージャ」が動き出してから言ってもしょうがないことだったんですけど、「どれみ」で各話脚本で1本でも入っていたら違っただろうなぁって思ってました。
関:そう!そうだったんですよ!
金春:シリーズ構成のやり方も東映アニメはすごく合議制な感じなんです。ほかの会社だと、各話の脚本会議にシリーズ構成も参加するんですけど、当時の東映アニメではシリーズ構成の会議は別にあって、各話の会議には参加しないし意見もいわないという形だったので、その辺のやり方の違いにも戸惑いがありました。
関:そこは、私も反省した部分ですね。五十嵐さんは、「どれみ」に入る前に「夢のクレヨン王国」で何本か演出してもらって、スタッフルームの雰囲気を知ってもらってたんですよ。それと同じように、金春さんに「ナージャ」をお願いするなら「どれみ」にも何回か入ってもらっておくべきだったなと、後から思いました。
家族的なイメージを意識していたダンデライオン一座
――ダンデライオン一座は、ジプシーがモチーフになっているようですが
関:そうですね。お祭りとかでやって来る一座には、力持ちがいたりおばけ屋敷が作られたり、占いの館もあったりするので、同じような組み合わせになると良いよねという話をしていました。それから大学時代に観た映画2本の影響も大きいと思います。1本はフェリーニ監督の「道」。力持ちのザンパノと薄幸の少女、ジェルソミーナの物語。そして2本目はギリシアの監督、テオ・アンゲロプロスの「旅芸人の記録」。どちらの作品も登場人物の目線である時代を描き、その人物達の家族的な絆の強さが描かれていました。若い人こう言う映画を観ると「重い、暗い、難しい」と思うかもしれませんが……。ナージャも親が分からない孤児院育ちだけども、孤児院の仲間が兄弟だし、旅芸人の一座に加わったときに、そこにはお父さんやお婆さん、お姉さんや妹に相当する面々がいて、一座をナージャの“家族”として捉えて描くと、子供達にも身近な感じがするのかなと思ってやってました。
金春:一座の乗ってるからくり自動車って、どうして決まったんでしたっけ?
五十嵐:そこは、20世紀初頭にはパリには蒸気で走る車が何台かあったという話から、旅芸人の乗っている車が馬車ではなくて、その車自体が一座の出し物みたいな感じになると良いなぁというのが始まりだった気がします。
関:車体の一部がパタンと開くとそれが舞台になるみたいなことを五十嵐さんが言ってて。それから大きなキャンピングカーみたいな喩えかたもしてたんですよ。
五十嵐:どうでしたね。それと現場の作業的なことを言ってしまうと、馬って作画するのがすごく手間が掛かるんです。それもあって、一座が馬車ではなくて蒸気機関の大型自動車に乗っている方が、見た目としても面白いし、作画の手間もあまり掛からないというのもあったと思います。
――からくり自動車のデザインは?
五十嵐:多分、行信三さんだと思います。外見も素敵な雰囲気ですし、車内のデザインも洒落ていたので、演出的に使うとちょっと効果的で面白そうだなと思いました。
――一座にケンノスケという日本人の少年が加わるのが、興味深かったです
金春:そこは、やっぱり日本人のキャラもいた方が良いみたいなことじゃなかったですか?パリ万博やロンドン万博もあったから、日本人がレギュラーでいても不思議じゃないということで。
関:そうそう。ケンノスケのプロファイル……からくり好きとか、日本に妹がいてリタと重ね合わせてるだとかの設定は、だいたい企画書の段階からあるんですよ。
金春:日本で飛行機作りの夢を持っていた、ケンノスケの親代わりみたいな人っていう話は、そこからきっと山田隆司さんがは入れて下さったんでしょうね。
関:日本にライト兄弟と前後して飛行機を発明しようとしてた人物がいたみたいなこと、山田さんが妙に詳しかったんですよね。でも、「入れて下さった」というよりも単純に自分が書きたかっただけじゃない?(笑)そんな感じもするんだけど。
実は同一人物だった?フランシスとキース
――フランシスとキースが双子の設定になった経緯は?
金春:実は黒バラの正体がはっきり決まったのは、かなり脚本作業が進んでからでした。途中までは双子にするか(フランシスと)同一人物にするかを、決めずに書いてたんです。というか、最初は同一人物のつもりだったんですよ。でもシリーズの脚本作業を進めてる途中で「どうしようか会議」があった気が……(笑)。
五十嵐:確か、「どうにも整合性が合わないよね」みたいなことになって来たんです(笑)。とはいえ、ほぼ同じ人格を持っている双子という意味でいえば、一つの人格が二つに分かれているような感じではあったので、最終的に落とし込んだんですよね。
金春:「この後どちらでも話は作れますけど、どうします?」みたいな。どっちがよりしっくり来て盛り上がるか?ということで。
関:そういう会議、やりましたね。ただ、脚本の作業自体はコンテや作画が入るよりも最低でも15~16週くらい先まで進んでいるので、各話の演出さんやアニメーターさんは1話の時から双子と認識してやってたと思います。
――双子か同一人物かはさておき、やはり人間の光の面と闇の面みたいな感じで考えられていたんですね?
金春:そうそう。同一人物だったとしても、光と闇ですよね。実は黒と白というモチーフは、ショコラとクリームにも、ちょっとだけ絡めてあったり(笑)。そんなことも当時話したような気がします。
――人間の光と闇みたいな部分が、改めて通してみるとどことなくモチーフにもなっている気がします
金春:そこをモチーフとして強く押しましょうみたいなことを意識的に決めたわけではなかったと思います。
関:うん、あえていってませんね。
金春:でも、フランシスのノブレスオブリッジ(編注:フランス語読みでは「ノブレスオブリージュ」が正しいが、本編に準拠した表記とする)の考え方とキースの義賊的なこととか、結構裏表みたいなことは確かに沢山入ってました。
――24話からのホセの話で、具体的に台詞として出てきて、振り返って観ると意外とそういうモチーフが多いと感じました
五十嵐:ホセの話はもう少し直接的に人間の光と影の部分を、分かりやすくスペインの青い空と赤い夕陽に置き換えた感じでしょうか。
――確かに、画面全体としてものすごくコントラストを強調した感じでした
五十嵐:そう、パキっとした画面にしてて。なんとなく僕の中でスペインって、陽射しが強い印象があるんです。その辺からだった気がします。
――フランスと黒バラは、前半はほぼ交互に登場していて、実は2人が揃って会話して話に絡むのは、それこそ44話までなんですよね
五十嵐:「本当に2人いるの?」とか「どっちがどっち?」みたいなミスリードを引っぱるために、最後まで二人の出会いを引っぱったという経緯はありますね。
――1話でナージャを助けたのがフランシスと思いきや!というミスリードを視聴者側にも誘っていたりとか
関:そうですね。
五十嵐:誰に恋するか?っていう話ですよね。これを言ってしまうと怒られちゃいそうなんですけど、結局ナージャはフランシスもキースも選ばない……。この物語はそういう話なんです。
関:その通りです!
五十嵐:最終的に観てる人達が“ナージャとフランシスが結ばれて欲しい”と思ってくれるのも嬉しいですが、でもナージャという女の子は、僕たちが考えているよりももう一つ先を観ている女の子になって欲しかった……。だからまた僕達が知らない新しい恋を見つけるんじゃないでしょうか。
――コレットが最終回にナージャへ「どっちと結ばれるのか?別の運命の人が現れるのか?」みたいな台詞があるのは、その辺もあってなんですね
五十嵐:逆に言うとそうしたことに囚われない女の子っていうのが、元々の狙いだったので、そこに上手く着地できた感じがします。
――2人のノブレスオブリッジと義賊は、やっぱり対になるという感じですね?
金春:2人を光と闇の象徴みたいにして前面に出しましょうと、意識してはっきり決めたわけではなんですけど、構成会議で本当に色々考えました。他の作品でもあると思うんですけど、最初から決めてあったことや決めてなかったけれど自然にそうなったこと、途中でここが良かったからそれを強調しましょうと決めたことなどか、この作品では複雑にものすごくいっぱいあったんですよ。
――義賊という設定が、ダークヒーロー的で面白いですね
関:あまりにも貴族社会が厳然と存在している(社会が安定している)時代には、ああいう義賊は生まれてこないんですよ。でも貴族社会が終わろうとしている時期のような、変革の予兆の時代には必ず義賊が登場しているんです。日本でも西洋でも歴史的に義賊が現れる時代は、一つの時代が終わる直前なんですよ。ですから、特に違和感とかはなく設定してました。
金春:たぶんコスチュームがああいう雰囲気だから、よりダークヒーローぽく見えたんじゃないでしょうか。
――なるほど、時代の終焉の象徴としての義賊だったんですね。ところで、フランシスとキースがちゃんとドラマ上で会話するのは五十嵐さんの44話が初めてでした
五十嵐:何本かありますが、感情のぶつかり合いはあの話数くらいですか?
関:あの後だと47話のフランシスが捕まった牢屋の中くらい?
――それと最終回Bパートのテラスでの会話です。でも2人が同時に現れて、ドラマ上の見せ場を作るのは44話だけです
五十嵐:その意味では、あの1本だけですかね。数を絞ったのは、フランシスとキースが同じ画面に揃ってやりとりすることを、僕らがもしかしたら、意識してそうしないと決めてたのかもしれないです。やっぱり先ほど話が出たように、2人が同一人物かもしれないという気持ちが僕らにもあって。だから双子の設定に決まった後も、1人の人格を二つに割ったくらいの感覚があるんです。そいう意味でいくと、同一人物が同じ時空間に存在しないようにするという部分が、どこかにあったのかもしれないです。
金春:途中までは同一人物で考えてたので、どこかそういうのはありました。
五十嵐:結果論かもしれませんが、フランシスとキースが元は同じ主義を持った双子なのにもかかわらず、やり方の問題で袂を分かつことになったのならば、その2人を再び結びつける接着剤的存在としてナージャがいた……ということですかね。結果2人はくっつけて、2人とはくっつかないわけですが(笑)。
関:私達は、どちらとも結ばれないという結論は最初から持ってましたから。
――44話でフランシスとウィーンに行くと決めるのは、実質は“彼を選ぶ”ことだと思うんですけど、その後は逆にフランシスが気持ちが揺らすというのは、物語をそうした結論で考えていたからなんですね
五十嵐:裏の裏は表、みたいな感じですかね。でもそれはドラマの流れからそうなった面もあるので、ある種のライブ感があったというか(笑)。
金春:最初の頃は、昼間は貴族としてノブレスオブリッジで慈善事業をしている、夜は怪盗黒バラという義賊となって世直しをしていると考えていたのが、だんだん別人になっていったというのは、確かにすごいライブ感です(笑)。
関:ノブレスオブリッジという考え方は、貴族などの高い身分にあるものが果たさなければならない義務と責任を意味する言葉で、正しい貴族の有り様です。義賊というのも、法律上は罪人だけど庶民にとっては喜ばしい存在なんです。社会のシステムは1人では変えることが出来ないけれど、1人だけでも抵抗しようというのを、義賊と呼ばれる人が担っていたと思うんですね。だから同一人物でも良かったんですよ。ただ今にして思うと、1人のキャラに二面性があるというのは、子供向け番組でどこまで観ている子に理解してもらえるんだろう?という心配がありました。
五十嵐:そうかもしれないですね。
関:こういう設定は15歳の子だったら分かるかもしれないけど、ターゲットの6~7歳の子は混乱するんじゃないか?とか。
五十嵐:ちょっと大人っぽい考え方ですからね。フランシスとキースって、言ってしまえば近親憎悪じゃないですか。2人とも市井の人々に対して、貴族である自分が何を提示できるのか?ということを立場を違えてやっているんだけど、お互いに相手は嫌いで「お前のやってることは間違ってる!」ってどっちも思ってる。でも好きになる人は一緒。ですから、まぁ人格としては2人は一つであると思ってもらっても差し支えないという感じでしょうか。
――フランシスとキースも、母親の存在が大きな要素ですが、そこがナージャと“共通する部分”みたいな狙いもあったのですか?
関:そうじゃないです。やっぱりナージャありきて考えていって。2人……企画初期は1人だったわけですけど(笑)、複雑な違いみたいなものがどこから生まれてくるんだろうと。それを考えていく上で、2人の原点を母親にしたというのがあります。私が「夢のクレヨン王国」の頃から、このテレビ枠はお母さんが娘と一緒に見るようになったからというのを意識してるからです。ギリシャ神話の王様と息子の貴種流離譚をお母さんと娘に置き換えるみたいなことを、結構意図的にやってきています。キリスト教の説話には父親と息子の話が多いんですけど、そこをお母さんと娘、あるいは息子に置き換えてやっていました。
金春:「イケメン・ワールドカップ」もお母さんも見ていることを意識した部分がありました。「平成ライダー」でイケメンの役者さんがたくさん出ていて、その 枠の流れでこっちも見てもらいたいというのもあった気がします(笑)。
関:そうそう(笑)。そういう部分は、企画の方向性としてやっぱり意識しますよね。
危険なプリンセス、ローズマリーの生き様
――シリーズ後半の最重要キャラのローズマリーですが、いつからナージャを陥れるかたき役と考えられていたんですか?
五十嵐:初めにこの作品世界に出てくる人達を設定していくときに考えたキャラクターは、色々なことを抱きえてはいますが、結果ナージャを助けてくれる良い人達が多かったんですが、ナージャと対等に渡り合える逆思想を持ったヒール(かたき役)も作りましょうて話がスタートだったと思います。
金春:それと、シリーズ前半は割と1話完結が多かったのですが、後半は(よりドラマチックにするため)連続ものの要素を強めましょうということにもなったので、それもあってですね。そこで、ナージャをよりピンチにする展開について話していた時に、関さんが「ナージャの偽物が現れて、お母さんまで取られるとか……。ぴったりな子がいるでしょう?孤児院の友達に金髪で青い目で」(=ローズマリー)とおっしゃった記憶があるんです。そこからローズマリー再登場以降の展開を作ったんだと思います。
関:白バラと黒バラの対峙を考えている時から、ナージャとローズマリーもこの方向になるね、と考えていましたし、スタッフと話した記憶があります。それと、ちょうどローズマリーをかたき役として考える頃に観に行った映画が、良かったのか、良くなかったのか……。
――何の映画ですか?
関:「シカゴ」(02年)なんですよ。
五十嵐:そう!あの頃、「シカゴ」がすごく(スタッフ内で)流行ってて。
関:そうなの。ちょうとマイブームになりすぎてたの(笑)。
五十嵐:スタッフみんなで観に行って、みんなで「なんかいいね!」って話になったんですよ。
金春:その話を聞いて、私も慌てて観に行った記憶があります(笑)。
関:「シカゴ」って、早い話が悪いことをして投獄されてる女達の話なんですよ。だからみんな罪人ではあるんだけど、その女の人たちが……。
五十嵐:バイタリティーがあったんですよね!
関:そう!それでパワフルで、超カッコ良かったの!だから普通の子供向けの番組だったら、悪い子が出てきても最後は改心するような結末が待っているのが普通なんだけれども、(ローズマリーは)改心する必要なんかないんじゃないか!と。
――すると、初めからローズマリーはナージャと和解することなく、物語から去って行くと決めていたわけですね?
関・金春:(口々に)ええ。
五十嵐:どちらかといえば、そこは善悪じゃなくて生き方の問題ですからね。
金春:生き方の違いです。それこそ、「ありのままに」ですよね(笑)。
関:そういうことなんです。そこはナージャと同じで、彼女も“型にはまらない”女の子で、ナージャが最終回で貴族のお姫さままでは終わらないという生き方を選ぶのと同じように、ローズマリーは悪い子って思われているけれど、彼女も自分で自分の生き方を貫くんだと思うんです。どちらもそれぞれの立場で“人生に対して前向き”だというのが共通点です。ただ、二人の対峙しているように見えるのは、人生の選択肢が違うからにすぎないんですね。その点を際立たせるために使った方法がなりすましだったんです。つまり一見:“酷い目”に見えますが、これは二人の“究極の選択”を示すためのものなんです。なりすましてでも「貴族の娘」という立ち位置を獲得しょうとするローズマリーと、最後に「貴族の娘」という安寧な場所を捨てるナージャ。二人の選択に、二人の人生観が現れるので、なりすまし、という方法を使ったんです。
――実際にナージャが50話でコレットに会おうとするバイタリティーは、意外とローズマリーのそれと同じに感じました
五十嵐:それがたぶん、“時代を開く”ということだったんじゃないでしょうか。当時は家の中にいてとか、おしとやかにしていてとか。貴族だと色んなものが周りにあって。でもそういうものを全部捨てて……ナージャの場合は元々それは無かったんですけど。それでも途中から貴族の娘だと分かっても、最終的にそれは捨てるわけじゃないですか。そしてどう生きるかを周りから決められるんじゃなくて、自分で決めるというところに、ナージャという女の子の価値がある。そういう“次の時代を生きる”たくましさのある女の子になるといいなと思ってたんですね。
――それにしても、ローズマリーが急速にかたき役として台頭していく流れはすごかったです
金春:連続ものになってから、もう怒濤の構成会議が続いたんですよ(笑)。私、しばらく各話の脚本を書いてない時期があるんですけど、その間ものすごくみなさんと話し合いを重ねてたんです。それこそ明け方もでとか。
関:やってましたね~宅配ピザを取ったりして(笑)。
金春:そこでみんなで、ああでもないこうでもないとアイデアを出し合って。それこそ「ローズマリーに、次はどんな酷いことをさせようか?」とか(笑)……つまり、どうドラマチックにするか?みたいな話をしましたよね。
関:「こういう女は、どういうことを考えると思う?」とか。
五十嵐:そうだったん気がします。
金春:そんな風に後半は本当に緻密に話を組んでいきました。
関:ですから、本当に構成が一番大変だったと思います。
――38話で、ローズマリーがお母さんのドレスを切り裂いてしまうのも強烈でした。それがリメイクドレスへの切っ掛けという形にもなっていて
五十嵐:あはははは!(笑)
金春:あれは別に、リメイクドレスを出すためというわけではなんですよ。
五十嵐:そこはやっぱり感情の起伏みたいな表現だと思うんです。そことリメイクドレスの登場が上手くリンクしたんですね。逆に言えば一番良い状態で、子供たちに感情移入してもらうにはどうしたら良いか?から逆算しているとは思うんですけど。だからちょっとショッキングな感じを強めて……。
金春:そうですね。
――46話で、ローズマリーは“ナージャと認められて”行き着くところまで行きますね
関:あのたくましさが、ある意味良かったのかな?って。でも確かに実際、「こういう子供向けの番組ならば、改心するのが当たり前だと思うんですが」という投書も頂きました。でもそれは男性、つまり父親とかお爺さんとかからで、娘と見ている母親からはほとんど来なかったんです。
金春:自由に生きている女の子だったから、一部のお父さん世代の人たちにとっては、「もっと聞き分けのいい女の子」であって欲しいという気持ちもあったんでしょうね。
関:そういう人が観ると、困っちゃうなぁって思ってたのかもしれないですね(笑)。ローズマリーは女性ファンには大変人気の高いキャラでした。それは「開き直った人生、覚悟を決めている人生の爽快さ」が視聴者の若い女性やお母さんたちに伝わったからだと思うんです。
――シリーズを通した悪役としてはヘルマンが設定されていますが、最終的にナージャに立ちはだかるのはプレミンジャー公爵という二段構え的な形の構成は、割と初期から考えられていたのですか?
金春:ヘルマンは、どちらかといえばお話を動かすための悪役だった気がします。
五十嵐:どちらも没落していく貴族の象徴ですね。片や威光を笠に着る詐欺師まがいの小物のワル、ヘルマン。片や旧体制の権化であるプレミンジャー公爵。この2人が倒されることによって、その先の“新しい時代”が見えてくる……そんな感じだったと思います。
関:まぁ男児向けアクションものでよくある、四天王的な幹部の一人がヘルマンでラスボスが公爵みたいな感じですよね。
五十嵐:ある意味悲しいサガを背負ってるんですよね。
金春:公爵はナージャと違う価値観をしっかり持っている人だけど、ヘルマンはその間でぐらぐらしている悪役みたいな感じでしたね。
当時としては最先端的なCGワーク
――演出技法的に、五十嵐さんはトリプルアクションと3段SEを多用されている感じがしました
五十嵐:僕、「ナージャ」でもやってました?
――すごくやってます(笑)
五十嵐:あ、そうでしたか……。じゃあそういうのが昔から好きだったんですね。ですから、意図的というよりは僕がそういう技法が好きで、強調表現の一つとして使っていたんだと思います。
――アバンで登場する日記帳は、コレットの日記帳ですよね?あれにナージャが自分の日記を書き加えていて、それに綴られた物語が「ナージャ」という意味合いだったのですか?
関:お母さんの日記帳は、「舞踏会の手帖」というジュリアン・デュヴィヴィエ監督の古典的名画がるんですけど、そこからアイディアを拝借しています。その映画でも、主人公の女性が若い頃に一緒に舞踏会で踊った青年の名前が書かれているというわけなんですけど、手帖自体は日記みたいなものでもあるんです。そこはコレットの日記も同じなので、実際にそれにナージャが日記をつけていたわけではないです。。
――本編では、ナージャがお母さん宛の形でナレーションが入ることがありますね
五十嵐:逆にいうと、そっちが(ナージャの心情としては)メインだと思います。要するに、生きていることが分かったまだ見ぬお母さんへ向けて、手紙の形で想いを綴るみたいな。
金春:アバンの部分は、物語が始まるような感じとして日記が開いていきますよね。ナレーションも「むかーし昔、100年くらい昔のお話」っていう入りで。子供たちに作品の時代をわかってもらおうという仕掛けで、特にそれがナージャの日記だったみたいな構造は意図してないです。
関:ですから、“物語がこれから始まりますよ”ということで、日記というよりも本。
五十嵐:純粋に導入ですよね。日記に関しては、関さんがいわれた通り、お母さんを知るようなことが書かれている“手がかり”という感じですね。
――ところで、脚本陣は山田隆司さんがK・Yグリーン、大和屋暁さんがルージュ・ドゥ・ルーンと、外国人風の変名になっていますが、何か理由があったのですか?
五十嵐:確か、「照れくさい」みたいに言ってましたよね。
関:二人とも照れて「この作品には(自分は)似合わない」とか言ってね(笑)。
金春:「この話を書くには、自分の人格ではいられない」とか(笑)・
関:そうそう。「このお話は、大和屋暁という人格では書けません!だから外人になります」って。マジメにいってましたからね(笑)。
五十嵐:そんなこと、おっしゃってましたね。
金春:(名義を見て)本当に別人格になったんだ!って。冗談だと思ってたんですけど(笑)。
――本編では、かなりCGモデルが利用されていますね
五十嵐:当時、3D-CGを本編でに使うのがはしりみたいなところがあったんでうよね。それで、からくり自動車など機械的なものをCGにしてみようとか、「美女と野獣」みたいに広間での舞踏会をCGにして、それをバンクに使ってみようとか。それでゴージャスに見えたら良いね、みたいな話をした記憶があります。
関:それと「アナスタシア」で、宮殿の舞踏会シーンで床にドレスが映り込むのがすごく素敵で。
金春:確かに当時「アナスタシア」の話が出ていた気がします。
関:「そういうことがしたんですよ」って、美術の行さんとかに話したように思います。
五十嵐:CG技術も、当時としてはすごくがんばってたんじゃないでしょうか?
――実際、CGでのモブなどは当時としてはかなりハイレベルだったと思います。美術も、テクスチャを貼り込んでいましたが、そこもCG部だったのですか?
五十嵐:そうです。ですから雰囲気も作ってもらったんです。作品の方向性みたいなものもすごく打ち出してくれたというか。
関:当時、CG部のプロデューサーの氷見武士さんから「CGは“箱物”(部屋のモデリング)が得意なんですよ」と教えてもらったんですね。貴族の邸宅の床や壁の装飾は手描きにするとすごく大変じゃないですか。でもそういう装飾からCGで作って、そこで組んだ部屋のモデルに貼り込むとすごく緻密に再現できて。それを見せてもらって「あ、素敵!」って。ただリアルになり過ぎちゃうのど、作品と合わないかも?みたいな話もしていたら、リアルに見えすぎない色についての提案などを行さんがしてくださったり。
――その辺の馴染ませ具合も、上手くいっていたと思います
関:そいう馴染ませをすごく意識しながらやっていました。
五十嵐:本当に色々な部署の人とコミュニケーションを取りながら作っていた記憶がありますね。
――当時はCGで部屋を作ってテクスチャを貼り込むのも、すごく珍しかった印象がありました
関:しかも1年間のTVシリーズで、それをやるっていうのが……ね。
五十嵐:確かに色々と大変で、バンクにしても3回しか使わないのをわざわざ作ったり。でもスタッフ全体のまとまりはすごくあったんですよ。だから作品としては幸せな状況でしたよね。
――BGMは意図的にクラシックの曲が使われていますね
五十嵐:BGMを発注する時に、関さんと相談して(クラシック曲も)作ってもらっておいて方が良いんじゃないかという話になって、作品のテイストを考えると、それはありだなと思ったんですよ。でも僕はクラシックのことは詳しくなかったので、一番手っ取り早い方法として、CMとかで使われているようなクラシック名曲集のCDを聞いて、「どういう印象の曲が良いですかね?」みたいな話をしながら選んでいって奥慶一さんにお願いした記憶があります。
関:やっぱり子供の番組なので、クラシックマニアの人しか知らないような曲が流れても、ピンと来ないけれど、普段からCMとかで流れる有名なクラシックを使うと耳馴染みがあるから、印象を強く出来るんですよ。それでオリジナルの曲だけじゃなくて、そういう曲も作ってもらったんですね。ちなみに「ナージャ」は海外に輸出されても、音楽を差し替えられることがなかったんです。
五十嵐:ああ!でも雰囲気があるから、そうでしょうね。後か聞いたんですけど、「ナージャ」ってヨーロッパですごく人気があるらしいんですよね。
関:そうなの。すごく人気が高くて。「どれみ」と同じ28ヶ国くらいで放送されているんですけど、200話ある「どれみ」よりも50話しかない「ナージャ」の方が、ヨーロッパでは知ってる人が多いんです。
五十嵐:やっぱり世界観的なことなんでしょうかね?
――でもいってみれば、本場のヨーロッパの方たちにしっかり届いたっていうことですよね
関:そうですよね!
金春:苦労した甲斐がありました!
五十嵐:そこは僕らだけでなく携わってくれたスタッフのみなさんのがんばりが、ちゃんと届いたっていうことなんだと思います。
「明日のナージャ」を送り出しただけの甲斐はあった!
――この作品に携わって良かったことをお聞かせください
関:「明日のナージャ」は、やっぱり私がすごく若いときに書いた企画が元になっていたので、それを実現できたことはすごく嬉しかったです。充分実現させるだけの力がついた確認も出来たけど、力及ばずだったところもいっぱいあって。それで「ナージャ」後遺症みたいなものが、番組が終わった後に自分の中に出来たことも事実です。
――「ナージャ」後遺症というのは?
関:「ナージャ」は、ここで終わっちゃいけないんじゃないか?昔の企画書で考えていたように、1年目の孤児院時代や3年目の話など描きたかったところがたくさんあったので、(続きを)やらなくてはいけないんじゃないか?と、ずっと……そこは今でも抱えているんです。でもあの1年間は。お話のエッセンスが凝縮しているので、まず色々な人に見てもらうことが出来たのは、すごく嬉しいことでした。続きが観たいといって下さる方達がすごくいっぱいいらっしゃるのも嬉しいことです。でも、まだ続きを作ることが出来ないままだなぁというのが、自分の中に何か後遺症のような形で残ってるんです。すごく思い入れが強かった分だけ、傷も深い……。そいう意味では、プロデューサーとして嬉しかったことと哀しかったこと、成功したことと失敗したことの両方が入っている。それが私にとって「明日のナージャ」なんです。
金春:みんなで知恵を出し合って、全力で骨太な連続もののお話を作るっていう機会はあまりなくて。当時はすごく大変だったんですけど、そこでとってもがんばってそれが出来たことが良かったなぁって思うんですよ。その分、やっぱり振り返ると私ももっとこうすれば良かったんじゃないか?とか、こうも出来たんじゃないか?という気持ちもあって……。そんな、自分の中でとても大きな作品で、やり終えた後はちょっと冷静に見返すことができなかったんです。でもカラオケで「ナージャ!」を入れると、本編の最終回の映像が流れるんです(笑)。窓の外でナージャがターザンしてるところとか。それを観ながら「ああ、すごく面白い!」って(一同・笑)。今はそう感じられるようになって、やって良かったなって……そんな感じです。
五十嵐:みなさんが言われるように、まず最初にすごく大変だった(笑)というのがあって。大変だったが故に迷い、それでも考え続けることによって、迷いも良い方向に転化するってことを分からせてくれた作品だと思います。金春さんがおっしゃっていたように、どういう風に進めていくとより効果的な物語になるかを常にみんなが考えていたし、それをやる苦労も楽しさも、ある意味での開き直りもみんなそこにあったというか。「ナージャ」ってそういう作品だったと思うんです。そして僕が一番嬉しいと思うのは、みんなで良いものにしたいと捏ねくり回して作った作品が、後にヨーロッパで評価されたり、当時観ていた人が業界に入ってきて「「ナージャ」観てました!」とか「好きでした!」と言ってくれる言葉を聞くと、あのときの迷いも、がむしゃらにやってた気持ちも、観てくれた人達にはちゃんと伝わっていたんだなって……。その“伝わっていた”という一点において、僕らがこの作品を作った甲斐はあったと思うんです。
関:そうだね。やった甲斐はあったね!
五十嵐:それがやっぱりいいなって。そういう風に、みんなの心に留まるような作品になってくれたっていうのは、ものすごくありがたいことだと思っています。
有人看的话手头还有一份抓心的访谈

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 楼主| 发表于 2018-11-20 21:51 | 显示全部楼层
其实还有个各话あらすじ,实在太多就放一张26话的好了:

还有访谈的“x切”是这个:
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发表于 2018-11-20 22:42 | 显示全部楼层
娜嘉擅长爬树的寓意是什么?
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发表于 2018-11-20 23:08 来自手机 | 显示全部楼层
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发表于 2018-11-20 23:21 | 显示全部楼层
小黄酱 发表于 2018-11-20 22:42
娜嘉擅长爬树的寓意是什么?
ナージャが、木登りが得意という意味合い
――1話はナージャの木登りのシーンから入りますけど、その後の話数で木登りするのは13話のフランシスと、35話でのコレットのシーンぐらいで、すごく狙っている感じもするのですが
金春:そういうわけではなくて。とにかく広い世界へナージャがゆく話だったので、1話冒頭に彼女が行動的な子であることと、(象徴的に)高いところから遠くを見せたいということで木登りのシーンを入れたんですよ。だから、もしかするとその後で意識的にリフレインさせたかもしれないですけど、1話を書いている時点では、全然そういう風にしようとは考えてなかったです。
五十嵐:どちらかといえば、作中にある“高いところに登”という行為は“見晴らしが良くなる”という象徴で、自分のいる場所から自分自身の力で登と今まで見ていた世界とは違う世界が見えてくる……ということです。一段登る度に登ること自体は大変になっていくけど、それでも諦めずに登れば今まで見ることが出来なかった新しい世界が見える……そういう表現だと思います。傷つきながらも登ることを諦めず、出会う人達とコミュニケーションをとり続けることによって、ナージャ自身の世界が広がる……。だから関さんの言っていた“次世代を担う女の子”を描きたいというのが、真ん中の太い樹としてあって、僕はそこに“子供が色々な人経験をして大人になる”ためのステップみたいなことを付加出来るといいなと思っていました。最終回で母親に再会する旅ですが、そこがゴールではなくてナージャが次のステップ、大人になるためのスタートラインに立つというか……。僕にとっては、新たな物語のスタートラインに立つ物語だと良いなと思いました。当時女性が今よりも自由に生きられなかった時代に、それでも閉塞した環境から打って出る。誰のためでもなくて自分のために“その先”を生きる。そんなところにこの物語の「明日」が掛かっていると思うんです。


楼主发的就有这段,还真详细啊,简单概括

金春:娜嘉说了要去看广阔的世界,是个行动力高的女孩子,所以第一话加了这个想要眺望远方的象征性镜头,至少第一话这个目的很明确
五十嵐:在作品中有着“登上高处”的行为是“视野更广阔”的象征,靠自己的力量爬上去的话就能看到与至今见到的世界截然不同的世界。虽然每一次爬上去很累,但不放弃的话就能见到新的世界。関弘美说娜嘉描绘的是“肩负次时代的女孩子”,所以加上为了表达“小孩子经历了各种各样的事变成大人”的场景
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 楼主| 发表于 2018-11-20 23:35 | 显示全部楼层
mado 发表于 2018-11-20 23:08
〆切(截止日期)

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多谢,编辑了
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