DQ骗了我16年!现在才发觉DQ其实是一诈世欺名的装B烂作!
发点牢骚,不挂专家大名,因此本贴不讲历史。DQ曾经是我的RPG启蒙老师,在92年的时候,我还不知道RPG为何物,那个时候我去商场买卡,看见DQ4,封面很漂亮,我以为是恶魔城那样的动作游戏,就买下了。回家后发现全是文字,根本不会玩,但是我就跟朋友一点一点摸索,慢慢学会了玩RPG,并且喜欢上这种类型。
那个时候FS上我所玩过的所有RPG都是DQ类的,我很喜欢这种朴实的风格。后来SFC时代因为买不起而错过了SFC这个RPG质量最高的时代,94年我买了MD,可惜很少有DQ类的游戏。96年我买了PS,等了数年后,终于迎来了DQ7,可惜给我的失望大过期望,虽然我玩到了DQ的感觉,但是这感觉居然是跟92年的时候一样的,没有任何新意,好象是喝了杯放了几年的咖啡一样。又过了几年,当我在PS2上玩到DQ8的时候,尽管画面变3D的了,可是实质跟FS时代并没有什么本质区别,怪还是那批怪,一眼就能看出来,人物的能力值也永远是两百多这个范围,最强的武器还是一百多的数值,魔法也还是那些魔法,几乎没有任何新的东西,但是我还是说服自己DQ就是特意去刻造这种怀旧朴素的感觉。
直到最近SE宣布DQ将出在WII上的时候,我终于忍不住了,不想再欺骗自己了,终于破口大骂了,DQ就是一诈世欺名的烂作!这个游戏的制作水平永远停留在8位机,甚至游戏的世界观、道具、怪物、人设都几十年如一日,一成不变,连游戏图象水平也是属于比较差的。剧情更不用说了,3岁小孩都能理解。他所谓的经典怀旧根本都是狗屁,游戏机都升级了好几代了他还在用初代的制作理念去做,这能叫经典吗?我看根本是在装B!如果不是现在DQ每个主机时代只出一作了,我们就会发现DQ画面都是一模一样的,别忘了FS的DQ1~4代和SFC的5~6代的画面都是一样的,这连EA的FIFA系列都不如,起码人家内容虽然都一样,但是图象每年都还有点进步。
这种水平的游戏根本不应该拿什么大奖,可是他每次都拿个大奖,并且卖得特多,当然,这些奖项和销量主要都是在日本的,日本玩家的素质和水平真是太低了!DQ连任天堂的玛利奥都不如,起码玛利奥能不分国籍的骗小孩,而DQ骗不了日本除外的任何国家的儿童。其实DQ之所以在日本能卖那么多,只因为他很多年才发售一次,如果改成每年一次,估计也就几十万的销量,充其量也就跟NAMCO传说系列相当。这样的游戏根本不配称为巨作,在我看来,一款DQ只需要十几个开发者就能完成全部的设计工作,给我去做都比他们做得强,从DQ在日本能拥有如此高的地位,就可以判断日本的玩家群有多么畸形了,难怪放着高清主机不玩去玩垃圾主机。本来DQ还有一线希望,就是出在高清主机上进行革命性改变,可惜现在自绝后路,这种烂作永远不知道长进,现在出在垃圾主机WII上还真绝配了,两个垃圾早点进坟墓的好!
[ 本帖最后由 马爵爷 于 2008-12-16 23:38 编辑 ] 不讲历史的爵爷不是好爵爷! 最后终于提到高清了…… 我整个人都FS了 等牛伯伯 哦哦。。前排前排。。我也不喜欢正统DQ。。恩恩 别这样嘛
你都大人了
还喷小朋友喜欢的东西 本来DQ还有一线希望,就是出在高清主机上进行革命性改变
爵爷我挺你! DQ8史上最烂 太注重画面就烂了 爵爷真人帖必须顶啊 这连EA的FIFA系列都不如
爵爷说得好 太假了,这种水平的文章怎么可能是爵爷写的 ·モンスターが集団で勇者を襲わない理由
常に前向きな姿勢で戦うロトの子孫であるが、彼は常にモンスターと1対1で戦っている。
「どうして、モンスターたちは集団でロトの子孫を襲わないのだろう?」
そんな疑問を抱いたことはないだろうか。モンスターたちが潔いから? いや、そうではない。事実、「ドムドーラの街は魔物たちによって蹂躙された」と、アレフガルドの住人が語っている。
となると、考えられる理由は一つしかない。ロトの子孫は、モンスターたちに不意打ちのゲリラ戦を仕掛けているのだ。広いフィールドを自由自在に駆け巡り、モンスターが一匹のときを狙うのだろう。これは肉食動物の狩りを想像すると分かりやすい。ロトの子孫は、モンスターの群れの中から、はぐれた個体や弱そうな個体を見つけ出す嗅覚が非常に優れているのだ。古今よりゲリラ戦の基本は少数精鋭による速攻である。知ってか知らずか、ロトの子孫はゲリラ戦の基本を忠実に実行していたわけだ。
考えてみれば、ロトの子孫には仲間がいない。せいぜい、本人が死んだときに王宮へ運んでくれる運搬人(?)がいる程度だ。そのため、ロトの子孫は必然的に一人で戦い続けなければならず、自然とゲリラ戦に長けていったのだろう。
しかし、ここで気になるのが竜王側の対応である。竜王がどのように魔物たちを従えているかはおいおい語っていくとして、あれほどの集団でありながら、なぜロトの子孫に対応することができないのだろうか。まず、竜王に適切な軍師がいないことが問題だろう。いくら強大な力を持つ竜王とはいえ、一人で世界征服できないことくらい、すぐ分かろうというものだ。竜王は自らを過信しすぎていたのかもしれない。
軍師に足る人材が竜王軍で確保できていない可能性もある。だが、竜王軍配下の「魔道士」「大魔道」はれっきとした人間である。彼らを軍のトップに抜擢し、竜王軍を「軍隊」として動かすことができれば、ロトの子孫によるゲリラ作戦に屈することはなかっただろう。たとえ軍師がいないとしても、モンスター側からロトの子孫を発見した際、モンスターたちに「奇襲」させず、竜王軍の本隊へ「報告」することを徹底させておく必要があった。そうすれば、ロトの子孫によるゲリラ戦を最低限にとどめておくことができたはずなのだ。
今回のポイント
・ロトの子孫はゲリラ戦の天才だった
・竜王軍は「軍隊」としての組織ができていなかった
·ラダトーム城近辺の敵が弱い理由
あなたは、こんなことを思ったことはないだろうか。
「何で竜王は、ロトの子孫に“スライム”で攻撃させるのだろう。ドラゴンあたりをラダトームに送り込めば楽勝なのに」
確かに、HPが3桁を超えるダースドラゴンを送り込めば、ロトの子孫に万に一つの勝ち目もないだろう。ラダトーム城ですら陥落する可能性がある。にもかかわらず、竜王はそうしていない。なぜだろうか。
腑に落ちない点は他にもある。弱体化したとはいえ、ラダトームはアレフガルドで最強の兵力を有している。ラダトームを制圧することは、アレフガルドを制圧することとほぼイコールと言っていいはずだ。しかし、竜王は強力な部下たちを送り込まず、申し訳程度にスライムを送り込んでいるにすぎない。ラダトーム以外に、戦力を割かなければならない“敵”がいるのだろうか。ゴーレムの守る城塞都市メルキドはどうか。メルキドの守りは堅固で、ゴーレムは強力だ。しかし、メルキドは防衛のための守りを行っているだけにすぎない。攻撃を仕掛けてこない以上、竜王軍には脅威ではないはずだ。
強力な兵力を前線へ出さずに、いったい、竜王は何をしているのか。
ここで、いったん話を変える。アレフガルドのモンスター分布を思い浮かべてほしい。ラダトーム城の周りにいるのは、スライムやドラキーなどの弱いモンスターだ。アレフガルドを北上し、東方へと分布図を確認していくと、徐々に強いモンスターが増え始める。温泉の町マイラから洞窟を抜け、リムルダールあたりに目をやると、強力なモンスターが数多く配置されていることに気づくはずだ。
では、逆の視点……竜王の立場でアレフガルド全土の戦力分布を見てみよう。すると面白いことが分かる。竜王は、「竜王の城に近い地域に強いモンスターを配置しているが、遠い地域には弱いモンスターしか送り込んでいない」のだ。一見、ラダトーム城と竜王の城は目と鼻の先にあるように見える。しかし、戦力分布から判断すると、もっとも遠くに位置していることになるのだ。
ここで最初の問いに戻る。なぜ、竜王はラダトームへ強力な兵力を送り込まないのだろうか。有している兵力や対ラダトームへの戦略から考えても、送り込まない理由はない。だとすれば結論は一つ。「送り込めない」のだ。では、その理由は?
今回のポイント:
何らかの理由により、竜王は遠方へ強力な兵力を差し向けることができない。
ラダトーム城と竜王の城は最も遠い位置関係にある。
·竜王は、まほうのかぎを使いこなせば勝てていた
テレビ番組を見ていて、こんなことを思ったことはないだろうか。
「何で悪役って、いつも同じパターンでやられるんだろう。過去から学習することはないのかな」
やられ役の例をあげてみよう。お子様に大人気なテレビアニメ「ポケットモンスター」でおなじみ、ロケット団だ。毎回、彼らはサトシとピカチュウたちの前に、様々なシチュエーションで立ちふさがる。が、毎度のことながら、ピカチュウのでんげきか100万ボルトをくらって敗北するのだ。
アニメの元になったゲームボーイ版「ポケットモンスター」において、ピカチュウはさほど強力なモンスターにランクづけされていない。各種電気攻撃にしても、対策を練ることは十分に可能だろう。ましてや、ロケット団は何度もサトシ率いるピカチュウたちと戦っているのだ。いい加減、有効な作戦の一つくらい考えられるはずだ。
ロケット団がどのような考えで作戦を考えているのか、ロケット団と交流のない私には全くわからない(おおかた、見栄えやノリを重視しているのだろうが)。ともかく今のやりかたでは駄目だ。間違いなく勝ち目がない。いきあたりばったりの作戦を捨て、「自分たちの作戦が失敗する」ことを前提に作戦を練り上げ、粘り強く戦い続けるべきだ。
話は変わる。「キャラクターが勝手に動いてくれたので、話を考えるのは楽でした」という漫画家や小説家は多い。しかし。ロケット団が覚醒した場合、シナリオライターは大変な苦境に立たされる。まず、過去と同じやられパターンが使えなくなる。毎回、ロケット団の“作戦”を考えださねばならず、しかも最後にはサトシたちが勝たなければならないのだ。ただし、この方針転換がうまくいった場合、「ポケットモンスター」は劇的なストーリー展開を迎えることになるだろう。「ドラゴンボール」などの大ヒットアニメに化ける可能性さえもある(もちろん逆もありうる)。この方針転換で大ヒットした暁には、私に金一封をいただきたいものだ。もちろん、失敗した場合は自己責任である。
ちなみにロケット団は、「ポケットモンスター」で彼ら自身のエンディング曲「前向きロケット団」において、「反省会など5秒で十分」などとたわけたことを歌っている。全くもって嘆かわしい。全国600億人のムサシファンのためにも、猛省を促したいところだ。
閑話休題。竜王の宿敵であるロトの子孫は、倒しても倒しても甦る。なまじっかの戦いかたで勝つことは不可能だ。サトシたちはレベルアップしていないようだが、ロトの子孫は戦えば戦うだけ強くなっていくのだ。最強最悪の恐るべき敵であることを、竜王は正確に認識しているのだろうか。
実を言えば、竜王がロトの子孫に勝つチャンスはわずかに存在する。正確に言えば、「ロトの子孫を勝たせない」チャンスであるが。
さて、ここで問題だ。ロトの子孫は “まほうのかぎ”を何個まで持てるだろうか? 答えを聞くまでもなく、その数は“6個”だ。まほうのかぎは魔法の扉を開けるときに使われ、魔法の扉はまほうのかぎでしか開けることができない。
つまり、チャンスは意外なところにあった。ダンジョンや自分の居城に魔法の扉を7つ設置しておけば、ロトの子孫は魔法の扉をあけることができないのだ。魔法の扉はダンジョンや建物への出入りで閉まるから、どうやってもロトの子孫は7つ目の扉を開けることができない。かくして、ロトの子孫は竜王の城へたどりつくことができず、いずれ竜王が完全にアレフガルドを支配するだろう。
しかし、竜王は魔法の扉を使いこなしていない。ロトの子孫の戦力分析をしなかったことが原因だろう。戦闘力の高い武闘派ばかりを好み、軍師や諜報員などの人材を使いこなせなかった竜王は、軍のトップに立つべき男ではなかったのかもしれない。
・・・だが、気になることが一つある。もしも竜王が居城に魔法の扉を7つ設置していたら、本当にロトの子孫は竜王を倒せないのだろうか?
今回のポイント
・竜王はロトの子孫の戦力分析を怠っていた。
・ロケット団は反省会が短すぎる。
·モンスターたちが一定の地域に留まっている理由
第2回のポイントは、「何らかの理由により、竜王はラダトームに強力なモンスターたちを送り込めない」ということだった。今回は、その理由を解き明かしていこうと思う。
まず、アレフガルドのモンスター分布をおさらいしよう。アレフガルドは、一定の法則でモンスターたちが地域を「支配」している。ここでいう支配とは、「モンスターの活動により、一般の人々が通常生活を営めなくなっている」状態を指す。もちろん、支配を命じたのは彼らの親玉である竜王だ。しかし、これまでにも書いてきたとおり、竜王とモンスターたちの連携はうまくできていない。むしろ、「連携という考えかたがない」と言ったほうがしっくりする。そうでなければ、ロトの子孫はああまでゲリラ活動を成功させることができないはずだ。
モンスター同士の連携はない。しかし、各地域に送り込まれた彼らは、その地に留まり続けている。明らかに、竜王とモンスターたちは「軍隊における指揮官とその配下」という関係ではない。モンスターたちは、どこかしら「気ままに行動している」ように見えるから、強制力のある関係ではないのだろう。では、いったいどのような関係なのか。
話を少し変えよう。アレフガルドの住人は、竜王を「魔王」と呼んでいる。魔王とは魔、すなわち、悪魔や魔物を統べる王だ。では、もともと悪魔や魔物はどこにいるのか? 少なくとも人間界にはいない。魔界や異界と呼ばれる、人間の住む世界と異なる世界にいるのは確かだ。
このことから、一つの仮説を立ててみる。竜王は、モンスターたちを魔界から召喚しているのではないだろうか。そして、なんらかの契約を結び、各地域へと送り込むのだ。この仮説であれば、竜王とモンスターとの間にある、緩やかな主従関係が説明可能だ。モンスターたちは召喚されただけに過ぎないから、竜王の命令を絶対的に聞く必要がないというわけだ。では、最初に掲げた問いかけ-ラダトームにモンスターを送り込めない-はどうだろう。人間が悪魔を召喚するには、強い魔力が必要だ。同じことが竜王にも言えるはずだ。強力なモンスターを召喚しても、召喚した時点で魔力を消費してしまい、遠くの地へは送り込めないのではないだろうか。逆に、弱いモンスターは召喚するための魔力が小さいため、遠方へ送り込めるというわけだ。
この仮説ならば、アレフガルドのモンスター分布を説明することができるかもしれない。しかし、大量のモンスターを召喚して各地へ送り込むためには、極めて大量の魔力が必要となるはずだ。竜王は「魔力」をどこから得て、維持しているのだろうか。
今回のポイント
・竜王は魔力を使ってモンスターたちを召喚し、各地へ送り込んでいるのではないか?
・竜王はどのような方法で魔力を維持しているのか?
·竜王とモンスターたちの関係を維持するモノ
その4にて、「だいまどうは人間ではないのか?」という指摘があった。その1でも記述したとおり、まどうしやだいまどうは人間である(『ドラゴンクエスト完全ガイドブック』より)。どういった経緯なのかわからないが、アレフガルドの住人だった魔法使いが竜王側についたのだろう。「魔法を効率的に研究するのは、竜王軍に仕えたほうがよい」とでも考えたのかもしれない。
モンスターと同様、まほうつかいたちも特定の地域にだけ派遣されている。このことから判断すると、まほうつかいもモンスターと同じ契約をしている可能性が高い。悪逆の限りを尽くしていると言われる竜王であるが、自分の側につくものに対しては、人間であっても平等に扱っている。竜王はジェントルマンなのだ。
翻って、人間界にも魔法使いがいる。あまぐものつえを守っている賢者や、ラダトームにいる魔法使い……通称「光あれじじい」だ。彼らはどんな魔法を研究し、使用しているのだろうか。光あれじじいにいたっては、アレフガルドの過去にも未来にもMP回復魔法を使う者がいないのだ。かなり強力な魔法使いなのだろう。本題とは関係ないが、大いに気になるところだ。
閑話休題。前回(その4)において、「竜王は魔力を使ってモンスターを召喚し、各地に派遣している」という仮説を立てた。この仮説に基づき、今回は竜王の“魔力の源”を探っていこう。
魔力として真っ先に思い浮かぶのは、MP、すなわち呪文をとなえるためのマジックポイントだ。MPは精神力に近いパワーであると推測される。MPがゼロになろうとも、一晩グッスリト眠ればHPともども快復する。「さくばんはおたのしみでしたね」と言われても全快だ。しかし、竜王は戦闘中に召喚呪文を使わない。アレフガルドで“召喚呪文”の効果を持つのはパルプンテくらいで、しかも「とてつもなくおそろしいもの(『ドラゴンクエストIII』)」をまれに呼び出す程度にすぎない。昨今おたのしみをしていないから言うわけではないが、竜王やその配下のMPでモンスターを召喚することはないと思われる。
では、光の玉はどうだろうか。竜王がラダトーム王から奪った光の玉は、大きな力を持っていることは間違いない。が、光の玉はもともとゾーマの力を抑えるためのものだ。モンスターを召喚するために使えるとは考えにくい。
視点を変え、竜王の行動パターンから考えてみよう。竜王が行っていることといえば、竜王城に閉じこもること(?)と、アレフガルドを支配することだ。まず、閉じこもることで魔力を高めているとは考えにくい。そもそも、竜王自身が前線に出ないのはなぜだろうか。アレフガルドを過去に支配したゾーマや、彼の子孫と同時期に登場するシドーと比べて力は落ちるが、彼自身の召喚したモンスターたちよりも遥かに強力だ。彼自身が前線に出れば、ラダトームなどあっという間に陥落するだろう。にも関らず、竜王は自身の城から出てくることはない。何らかの理由で「出てこられない」と考えるべきだろう。ゆえに、彼はモンスターたちを召喚して戦わせているのだ。
つまり、こういうことになりそうだ。竜王は、アレフガルドを支配することで魔力を得ている、と。アレフガルドの大地は召喚用の魔力を生み出す。支配はモンスター召喚するための魔力を生み出し、魔力は支配を継続させる力を生む。支配の目的と手段が合致した、理想的な支配形態といえるだろう。しかし、それでも竜王は敗れ去った。アレフガルドだけの支配では召喚用の魔力が足りなかったのだ。ラダトーム攻略はそこそこにして、竜王は海の向こうへ目を向けるべきだったのである
モンスターを召喚するための魔力の源は、アレフガルドそのものであることが判明した。しかし、竜王がモンスターを召喚しなければならない理由は謎のままだ。なぜ、竜王は最強の兵力である自らを戦場に送り出すことができないのだろうか。
今回のポイント:
・竜王は、自ら戦場に出ることができず、モンスターたちを召喚している
・竜王は、モンスターを召喚するためにアレフガルドを支配し続けている
·ドムドーラが滅んだわけ
以前に、「竜王の魔力が足りないのは、占領している街が少ないからだ」という、『キングオブキングス』にインスパイアされた意見をいただいた。アレフガルドには、廃墟になったドムドーラを含めて6つの街がある。竜王の城から遠いラダトームを占領することは難しいだろうが、リムルダールならば竜王の城に近く、近辺のモンスターも強力だ。にもかかわらず、竜王は街をそのままにしている。これは、何らかの理由により「街を残している」と考えるべきだろう。現に、竜王城からの距離がリムルダールよりも遠いドムドーラは、モンスターたちによって落とされ、占領されているからだ。なぜ竜王が街を残しているについては、おいおい解き明かしていこう。
では逆に、ドムドーラが占領されている理由を考えてみよう。何人かのかたから指摘があったように、その理由は一つしかない。“ロトのよろい”だ。かつてアレフガルドには、その全域を支配し、光の世界をも支配下にしようと企む大魔王ゾーマがいた。その大魔王ゾーマを打ち倒したのが、光の世界からやってきた“光の勇者ロト”だ。アレフガルドの支配を目指す竜王が、光の勇者ロトを知らぬはずがない。竜王は、ロトの子孫にロトのよろいを装備させることを恐れていた。ドムドーラを襲ったのは、ロトのよろいそのものを破壊、もしくは奪取することが目的だったはずだ。
しかし、竜王軍はどちらの目的も達成することができなかった。ドムドーラは陥落したものの、ロトのよろいは依然としてドムドーラに残っているのだ。ロトのよろいを壊せず、その場から動かすこともできない。この事実は、ロトのよろいが「アンタッチャブル」……モンスターには触れられないものであることを示している。だからこそ竜王は、配下のモンスターに命じ、ロトのよろいを警備させるしかなかったのだ。
ロトのよろいを守る“あくまのきし”を打ち倒し、アンタッチャブルなロトのよろいを身にまとったロトの子孫。彼に襲われるモンスターたちの、恐怖はいかほどのものだっただろう。ロトのよろいを装備したロトの子孫と闘い、彼にダメージを与えるモンスターは、かなりの手練れであることは間違いない。
ここで一つ、大きな疑問がある。ロトのよろいをアンタッチャブルな存在にしている力とは、いったい何なのだろうか。その力にモンスターたちがあらがえないのは何故なのだろう。
ところで、前述した『キングオブキングス』提案にはもう一つ注目すべき発言がある。
「収入が足りないのなら、ホヘイ、コウヘイを生産すべき」というものだ。
アレフガルドにおいて、収入とはずばりモンスターを召喚するための魔力である。ホヘイ、コウヘイは、『ファミコンウォーズ』や『大戦略』において、もっとも安いコストで生産することのできるユニットだ。アレフガルドでいえばスライムやドラキーにあたる。つまり、この提案は「スライムやドラキーを中心にアレフガルドを制圧しよう」と言っていることになるわけだ。
この提案、実を言うとかなり有効である。スライムやドラキーは弱い。ロトの子孫は楽々とアイテムや装備を集め、竜王の城へやってくるはずだ。そして、竜王の配下や竜王自身の攻撃によって、ロトの子孫は一撃で屠られることだろう。
竜王、ついに一矢を報いるか?!
·竜王時代のモンスターがゾーマ時代のモンスターよりも弱い理由
今回は、ゾーマが支配していた頃のアレフガルドを振り返ってみよう。この時代のアレフガルドにも、当然モンスターが存在している。竜王時代のモンスターよりも遥かに強力なモンスターたちである。もっといえば、竜王自身よりも強力なモンスターも跋扈していた。たとえばキングヒドラだ。彼は攻撃力、防御力に優れたモンスターであり、そのHP回復能力は極めて高い。ロトの子孫が1人で戦っている限りにおいては、まず勝つことができないだろう。
竜王が、キングヒドラを初めとするゾーマ時代の強力なモンスターを召喚したとする。このとき、アレフガルドの歴史は確実に変わっていたはずだ。なぜ竜王はそうしなかったのだろう。自分よりも強力なモンスターを召喚することで、自身の立場が危うくなるのを恐れたためか? しかし、その理由は考えにくい。竜王と彼が呼び出すモンスターたちは、軍としてのまとまりに欠ける。が、竜王の命令を忠実に護っており、彼らは派遣された地域から出ることがない。つまり召喚さえしてしまえば、竜王はモンスターたちをコントロールすることができるのだ。竜王はゾーマ時代の強力なモンスターを召喚しないのではなく、何らかの理由で召喚することができないと考えるべきだろう。その理由はなんだろうか。
ゾーマが支配していた時代、アレフガルドは闇の世界だった。ゾーマは闇の力を持つ。ゾーマが支配していたからこそ、アレフガルドは闇の世界たりえたのだろう。ゾーマが光の戦士に倒された後、アレフガルドに光が戻ったのが何よりの証といえる。
この闇の力こそ、竜王や彼が支配するアレフガルドに足りないものではないだろうか。闇の力がないから、アレフガルドに光が満ちあふれているから、竜王はゾーマ時代のような強力なモンスターを召喚できない……。そう考えると納得がいくのだ。逆に言えば、闇の世界で強大な力を発揮していたモンスターは、光にあふれたアレフガルドでは活動することができないということになる。光の勇者ロトがアレフガルドに光を取り戻したとき、闇の世界の住人であるモンスターたちは、彼らがもともと住んでいた世界へと帰っていったのだろう。
かくして竜王は、光のあふれたアレフガルドで活動可能なモンスターだけを召喚していたことになる。しかし、当然のことながら彼らは闇の力の庇護を受けていないのだ。竜王時代のモンスターがゾーマ時代のモンスターより弱いのは、闇の力が欠如しているからなのかもしれない。
2008-09-08 19:48:18 . ·ゾーマ時代から竜王時代になって、使える呪文の数が減った理由
60→10→22
この数字を見て、何のことがわかる人はまずいないだろう。実はこれ、アレフガルドで使用可能な呪文の増減を表す数字なのだ。60はゾーマの時代、10は竜王の時代、22はシドーの時代における呪文数である。この数字から、ゾーマ時代に最も多くの呪文が唱えられていたことがわかる。ゾーマ時代は呪文の数や種類が多いだけでなく、威力もかなり強力だ。竜王時代、ギラの上には「ベギラマ」しかなかったが、ゾーマ時代には「ベギラマ」の上位呪文「ベギラゴン」を唱えることさえできていたのだ。
次に、ダメージを与える相手、すなわちゾーマ時代のモンスターと竜王時代のモンスターを比較してみよう。すると、HP、MP、攻撃力、防御力の全てにおいて、ゾーマ時代のモンスターが上回っていることがわかるだろう。(図1参照。なお、図1は当テキストが書籍化された暁に挿入される予定)
その7で、「戦時には魔法の数が増える」という指摘があった。ゾーマは闇の世界を統一した上で、光の世界をも支配下におこうとしていた。その強大な力に率いられたモンスターに対抗すべく、魔法使いや賢者によって呪文が研究・開発され、唱えられてきたのだろう。人間界での戦争と軍事力の関係から考えてみても、「戦時には魔法の数が増える」という指摘は間違っていないと思われる。
だが、気になる点が一つある。ゾーマ時代と竜王時代とで、呪文数があまりにも違うのだ。闇の力が弱まり、それにあわせるかのように竜王時代のモンスターが弱体化したからといって、呪文の数が6分の1にまで減少するだろうか。60が10に減る。あまりにも不自然だ。自然ならざる事象を不自然というが、何らかの「不自然な力」が呪文に働いた結果、呪文の数が減ったとしか思えないのだ。ゾーマが倒された後、アレフガルドに残った「不自然な力」とは何か。それは、「光の勇者とその仲間」……彼らそのものだったのではないだろうか。
光の勇者とその仲間たちは、光の世界からやってきた“よそ者”だ。しかし、闇の力に支配されていたアレフガルドの民は、彼らをよそ者扱いしなかった。彼らがゾーマを倒してくれることを願い、彼らの手助けも行ったのだ。けれども、光の戦士や勇者は、「モンスターを倒す」のが“仕事”である。ゾーマを倒して“仕事”がなくなった彼らは、アレフガルドとその住人にとってみれば、十分すぎるほど「不自然な存在」であるはずだ。ゾーマを倒した勇者たちの力がどこに向かうのか、恐れを抱いた住人さえいたかもしれない。
光の勇者とその仲間たちは、しかし、ゾーマを倒したがために、自分たちの世界へ帰ることができなくなっていた。だから私は思うのだ。彼ら自身が「呪文を封印した」のではないか、と。そうして彼らは、アレフガルドの一住人となって生きていくことを選んだのではないだろうか。呪文だけではない。光の勇者とその仲間たちの“職業”でさえも、その後の時代に伝えられた形跡がないのだ。彼らが住人として暮らしたことの間接的な証といえるだろう。
ここからは余談になる。竜王時代の魔法使いや大魔道は、封印された魔法を解くために、大きな力を求めて竜王の配下へと加わったのではないだろうか。ひょっとすると、彼らの祖先は、光の勇者とともに冒険していた魔法使いなのかもしれない。それほどまでに魔法を渇望する人間は、魔法使いの血をひくもの以外に考えにくいからだ。……しかし、それが事実だとしたら救いがない。共にゾーマと闘っていた光の勇者とその仲間の子孫たちが、敵味方に分かれて戦っているのだから。
閑話休題。時は流れ、竜王を倒したロトの子孫は新天地へと旅立った。帰る場所がなくなった先祖と、帰る場所を捨てた子孫。彼の行為に精神的なたくましさを覚えるのは、私だけでないはずだ。たった一人のロトの子孫に竜王が勝てない理由は、そのたくましさにこそ秘められているのかもしれない。
·竜王が竜王の城から出られない理由
以前に、竜王が魔物達を召喚する理由を推測した。今回は、竜王が魔物達を召喚せざるを得なくなった理由……すなわち、竜王が城の外に出られない理由を考えてみよう。
ロトの子孫が旅立つ前、竜王はラダトーム城から光の玉を奪っている。光の玉は、竜王の母である“竜の女王”から光の勇者に渡されたものだ。竜王にしてみれば、母の形見を取り戻しただけにすぎないのだ。
ここで1つ疑問が浮かぶ。ラダトーム城から光の玉を奪うだけでよかったにも関わらず、なぜ竜王はローラ姫も一緒にさらったのだろうか。しかも不思議なことに、せっかくさらったローラ姫をラダトーム王との交渉材料に使わず、あまつさえ、居城から離れた洞窟内にかくまっておく始末。本題から離れるため深くは触れないが、ローラ姫は竜王にとって悩みのタネだったようにも思えてしまうのだ。
話を本題に戻そう。光の玉は、「大きな力を封じる」ためのものだ。ゾーマが生きていた当時、光の玉はゾーマの大きな力を封じた。当然、ラダトームの王達が光の玉を保管していた頃、光の玉はその役割を果たすことはなかっただろう。ゾーマのような大きな力を持つものがなかったはずだからだ。しかし、竜王が光の玉を奪い返した時、光の玉は再び「大きな力を封じる」効力を発揮したのではないだろうか。すなわち、光の玉が、アレフガルド最強の竜王を彼の城に封じこめたのだ。
皮肉である。みずから取り戻した光の玉によって、竜王軍最強の兵力……竜王自身が封じられてしまったのだから。しかし、自らが封じられているにも関わらず、竜王は光の玉を手放さなかった。竜王がアレフガルドで勢力を強めれば強めるほど、光の玉がより強く働く。結果として自身をより封じ込めることくらい、竜王も分かっていたはずだ。光の玉をラダトームに戻せば、ロトの子孫が現れる前にアレフガルドを支配することさえ可能だっただろう。
それでもなお光の玉を持ち続けたのは、竜の女王に対する深い想いだったのではないだろうか。竜の女王は、竜の一族の長でありながらも、人間界を支配しようとしたゾーマを倒すため、人間である光の勇者に力を貸した。亡き母の慈愛ともいうべき深い愛情を、竜王は光の玉を通じて感じていたかったのかも知れない。
·RPGというシステムでは、竜王は勇者に勝ち目がない。
ここまで、『ドラゴンクエスト』の世界観から「竜王が勇者に勝てない理由」を考えてきた。今回は番外編として、システムの面から竜王が勇者に勝つ方法を考えてみる。その1つの答えが、昨今に発売された『勇者のくせになまいきだ。』である。
『勇なま』は、なぜ魔王が勇者に勝てるのか。それは、プレイヤーが魔王側の立場になって勇者と戦うことができるからである。プレイヤーは、ゲーム内で勝ち抜くために様々な戦法を試し、上達し、敗北を分析し、敵の動きを学習し、それを次につなげることができる。しかし、プレイヤーに相対する敵側(COM)にはそれがない。一定のパターンで動いているだけだ。負けパターンを学習し、同じ負け方をしないようにすることができない。
『ドラゴンクエスト』のシステム面において、竜王が勇者=プレイヤーに太刀打ちできない理由はそこにある。私が仮に竜王ならば、過去の経験を生かし、勇者へ戦闘を仕掛けさせないよう配下に命令を出す。勇者も、彼を操るプレイヤーも、戦えば戦うほどに強く賢くなり、最終的には勝ち目がなくなることを知っているからである。しかし、RPGというシステムにおいて、そういった戦法を取ることは不可能だ。プレイヤーは主人公であり、主人公が勝つことが前提であり、目的であり、セールスポイントであり、ゲームの面白さにつながっているからである。
ただし、絶対に不可能かと言えばそうでもない。『ドラゴンクエスト』よりも先に発売され、仲間と共に強くなっていくゲームが存在する。『ボコスカウォーズ』がそれだ。『ボコスカウォーズ』では、いくら主人公が強くなったとしても敵兵に負ける時は負ける。ゲームサイドのインタビューで作者のラショウ氏が語ってくれたように、「絶対に勝てるという安心感を取り除いた」からだ。この考えかたを取り入れた場合、いくら勇者が強くなっても、竜王にも配下のモンスターたちにも勝ち目が生まれてくる。
また、『ボコスカウォーズ』は軍勢を率いるゲームであり、軍勢同士が戦うウォーシミュレーションでもある。そこで、その考えかたをより先鋭化させ、『ドラゴンクエスト』の世界観を使った「竜王vs勇者」のウォーシミュレーションを仕立て上げるのだ。もちろん、プレイヤーは竜王サイドを操作するが、他方、勇者側もプレイヤーに操作させるようにする。竜王側は世界征服を、勇者側はそれを阻止する側に立つ。竜王側を操作できるようになった瞬間、竜王が勇者に勝つ可能性は飛躍的に高まるだろう。モンスターを使った巧みな戦略も取りうるはずだ。一方、勇者側もゆっくりとレベルアップに励んでいるわけにはいかなくなる。モンスターが戦略的に動き、さらには、今のレベルでは太刀打ちできない強さの敵が行く手をさえぎってくるからである。
かつてエニックスは、魔王と勇者側の両方を操作可能なRPGであるダークハーフを発売した。『ドラクエモンスターズ』や『ドラクエソード』に続く外伝として、次はSLG対RPGの対戦ゲームはいかがだろうか。RPG側の勇者、SLG側の竜王。どちらが勝つのか、夢は尽きないのだから 假如爵爷能将楼上的翻译成中文,那就批的有水平了 哦!爵爷!! FS... 楼下,那是啥机型?爵爷果然见多识广 孤陋寡闻,对不住ls了
原帖由 loslandy 于 2008-12-17 00:06 发表 http://bbs.saraba1st.com/images/common/back.gif
假如爵爷能将楼上的翻译成中文,那就批的有水平了
那批的话换个其它的RPG也差不多吧
[ 本帖最后由 nouseforever 于 2008-12-17 00:19 编辑 ] 顶下~
其实DQ的思路还是不错的。。大家都挖空心思搞新东西,Y就一直传统。。。
反而算是一种新意了。。 提到高清猛然意识到是爵爷 dq6在SFC上,画面还是属于很强的!!!! 日本玩家的素质和水平真是太低了! 细节不计较,大方向是对的 这帖和TG那篇怀念爵爷的文章相映成趣啊 lz可以去看看taito的那个街机DQ新作的预告片,比DQ9好1w倍 dq最经典是掌机上的 其实几乎所有定型了的游戏都是\"细节稍改,大方向一成不变的\"
有创新的游戏类型大红大紫后随着时间推移也变成了\"细节稍改,大方向一成不变的\"定型了的游戏.
10年20年我们看起来打的很过瘾很爽,实际上干的都是相同的事.
30年40年以后呢 原来剧情三岁小孩都能理解就叫装13
那剧情30岁大人都云里雾里的叫什么? 神作? 第一次在爵叶的前排~~ mb,第二页了~~ 費老……你就不能翻譯個大概? 高清等装13去吧……
DQ不需要高清 爵爷说得好 看标题我还以为牛伯伯要不当任青了 原帖由 nouseforever 于 2008-12-17 00:16 发表 http://bbs.saraba1st.com/images/common/back.gif
孤陋寡闻,对不住ls了
那批的话换个日本的动画啊电影啊AV啥的也差不多吧
这就叫做市场细分了。有人就是受不了变革。别忘了日本是个A型血的世界 这文章发的真没水平
话说LZ不是高清玩家么,什么时候开始喜欢DQ的。太假了 美拉美拉~!